◯千島探険

千島探険

自由の身になった白瀬は児玉将軍に進められた千島探検を企てますが、当時、海軍の退役軍人で組織する「報效義会」を率いる海軍大尉郡司成(しげ)忠(ただ)が大規模な千島探検を計画していることを聞き一隊員として加わります。

 

明治26年8月31日、千島列島の最北端占守(しゅむしゅ)島に上陸し、周辺の島の調査や密猟などの監視にあたりますが、島での生活は厳しい寒さ との戦いでした。

冬になると寒暖計の水銀が寒さのため凝結して動かなくなることもしばしばあったといいます。

それに新鮮な野菜の欠乏は壊血病を招き隊員を 苦しめます。

翌27年7月、郡司大尉は父親が迎えにきて、来年の春には迎えに来ることを約束し、内地へ帰ります。

後を託されたのが白瀬以下6名の隊員でした。

 

文責:佐藤 忠悦(NPO法人白瀬南極探検100周年記念会 監事)

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