明治という時代

そして何といっても、明治という時代です。

明治維新はすべてを一新し、封建時代の鬱積したエネルギーが国運(日清、日露の戦勝)の上昇とともに海外へ飛び出そうとしていました。

明治は日本の青春時代といわれるように、富国強兵を旗印に欧米に追い付け、追い越せと、政治家は国家意識に燃え、軍人は自国を守るために命がけでした。

そして何よりも、青年たちは将来に向かって大望を抱いていた時代であります。

明治維新を契機に多くの若者が海外へ留学生として、あるいは移民として羽ばたいていきました。

明治時代イメージ3

司馬遼太郎の言を借りれば、国民一人一人の精神が外部からの強制ではなく、型にはまった教育の結果でもなく、それぞれが、感じるところに従って自由に躍動した時代であり、日清戦争から日露戦争までの10年間は、日本ほど奇跡を演じた民族は類がないと述べています。

 

明治の3大壮挙といわれる郡司大尉の千島探検、福島中佐のシベリア単騎横断、そして白瀬中尉の南極探検は明治という時代を象徴する表れといってもよいでしょう。

また、当時の世界を見渡せば欧米、特にイギリス、フランス、ロシア、スペイン、アメリカといった列強が武力によってアフリカ、アジア、南米などの弱小国を侵略し、植民地化する時代でありました。

明治8年の樺太千島交換条約もロシアの武力に屈した不平等な条約であったことを思えば、他人事ではありませんでした。

文責:佐藤 忠悦(NPO法人白瀬南極探検100周年記念会 監事)

http://shirase100.org/wp-content/uploads/2016/04/eb4cdc66ecde5b1292ac0771f06bf16a.jpghttp://shirase100.org/wp-content/uploads/2016/04/eb4cdc66ecde5b1292ac0771f06bf16a-150x150.jpgshirase100□ 白瀬の生涯●明治という時代 そして何といっても、明治という時代です。 明治維新はすべてを一新し、封建時代の鬱積したエネルギーが国運(日清、日露の戦勝)の上昇とともに海外へ飛び出そうとしていました。 明治は日本の青春時代といわれるように、富国強兵を旗印に欧米に追い付け、追い越せと、政治家は国家意識に燃え、軍人は自国を守るために命がけでした。 そして何よりも、青年たちは将来に向かって大望を抱いていた時代であります。 明治維新を契機に多くの若者が海外へ留学生として、あるいは移民として羽ばたいていきました。 司馬遼太郎の言を借りれば、国民一人一人の精神が外部からの強制ではなく、型にはまった教育の結果でもなく、それぞれが、感じるところに従って自由に躍動した時代であり、日清戦争から日露戦争までの10年間は、日本ほど奇跡を演じた民族は類がないと述べています。   明治の3大壮挙といわれる郡司大尉の千島探検、福島中佐のシベリア単騎横断、そして白瀬中尉の南極探検は明治という時代を象徴する表れといってもよいでしょう。 また、当時の世界を見渡せば欧米、特にイギリス、フランス、ロシア、スペイン、アメリカといった列強が武力によってアフリカ、アジア、南米などの弱小国を侵略し、植民地化する時代でありました。 明治8年の樺太千島交換条約もロシアの武力に屈した不平等な条約であったことを思えば、他人事ではありませんでした。 文責:佐藤 忠悦(NPO法人白瀬南極探検100周年記念会 監事)NPO ShiraseNobu Antarctic expedition 100th anniversary Memorial Association