◯第二報效丸

第二報效丸

 

しかし、この第二報效丸は、当初予定していた「磐城」に比べの三分の一にも満たない小さな帆船の漁船でした。

あまりにも小さな船に「こんな小さな船で南極まで行けるはずがない」。

これまで全面的にバックアップしてきた朝日新聞が手を引きます。

また血判書まで出して堅い決意を示していた隊員までも離脱するという事態にまで発生します。

 

しかし白瀬はこの船でも大丈夫だという自信がありました。

千島探検の際、北洋の荒海を乗り越えて密漁にやってくる船は、100トン足らずの漁船であったからです。

文責:佐藤 忠悦(NPO法人白瀬南極探検100周年記念会 監事)

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