◆1895明治28年《34歳》

  • 春、占守島2度目の越冬を終了するも、若者3人が死亡します。『置き去り同然』

  • 8月21日、北海道長官「北垣国道(きたがき くにみち)」の委嘱により、函館の「辻 快三」所有のラッコ狩猟帆船「八雲丸(42トン)」で白瀬救出される。

千島探検から生還

8月21日午後3時ころ、八雲丸(42トン)が入ってきます。函館の辻快三が所有しています。北海道庁長官「北垣国道」の命により、函館区長が占守島越冬者を択捉島紗那に引き上げさせる旨の令状を出し、八雲丸に委嘱する文書を持っていました。

△矗は、なぜ「報效義会」からの迎えでないのか釈然としません。もっと早くきてくれたら若い会員を3人も死なせなくてすんだはずと、胸中にわだかまっていたのです。

8月27日、穴居小屋を閉じ、八雲丸に乗船します。

10月7日、択捉島紗那に入港し下船しました。この間40日行き違いが起きます。

△八雲丸とは別に、軍艦「葛城」が占守島の越冬隊を迎えに行き、占守島についたのが9月初旬で矗らが八雲丸で島を離れた数日後でした。

△上陸し矗らの穴小屋を調べると、中は荒らされ、矗が木板に書いて残したはずの「引き上げ文」もありませんでした。

△おそらく密猟者の仕業と思われますが、そのため、葛城の乗組員達は「越冬隊は遭難し全滅した」と思い込んだのです。そして択捉島に帰ったが八雲丸より早く着いたのです。「越冬隊全滅」と報告しました。

10月11日、矗らは軍艦「葛城」に乗艦し根室に向かいましたが、その途中大暴風雨に遭遇し関誠一を失います。

15日、暴風雨の中、根室を出港します。

17日、函館に着きました。

  • 10月19日、千島から仙台に帰着。

★矗は19日、青森を経て、仙台に到着しました。満2年と五5ヶ月ぶりの夫婦、親子の再会でありました。玄関を入ると奥から出てきた妻やすが、矗の顔を見た途端「あっ」と声をあげ茫然と立ちつくします。「どうした・・・?」と家に上がり座敷に入ると、今度は矗が驚きました。上座に仏壇が設けられています。

★軍艦「葛城」が「全滅した」と報告したものが、矗の留守宅にも伝えられていました。やすは明日にでも仮葬式をしようと準備していたところでだったのです。矗は、まさか自分が死んだことになっているとは、つゆほども知らなかったから仰天したのです。

shirase100Shirase Spirit2016,shirasespirit,Textbook,workshop,テキストブック,ワークショップ◆1895(明治28)年《34歳》 春、占守島2度目の越冬を終了するも、若者3人が死亡します。『置き去り同然』 8月21日、北海道長官「北垣国道(きたがき くにみち)」の委嘱により、函館の「辻 快三」所有のラッコ狩猟帆船「八雲丸(42トン)」で白瀬救出される。 ★千島探検から生還 △8月21日午後3時ころ、八雲丸(42トン)が入ってきます。函館の辻快三が所有しています。北海道庁長官「北垣国道」の命により、函館区長が占守島越冬者を択捉島紗那に引き上げさせる旨の令状を出し、八雲丸に委嘱する文書を持っていました。 △矗は、なぜ「報效義会」からの迎えでないのか釈然としません。もっと早くきてくれたら若い会員を3人も死なせなくてすんだはずと、胸中にわだかまっていたのです。 △8月27日、穴居小屋を閉じ、八雲丸に乗船します。 △10月7日、択捉島紗那に入港し下船しました。この間40日行き違いが起きます。 △八雲丸とは別に、軍艦「葛城」が占守島の越冬隊を迎えに行き、占守島についたのが9月初旬で矗らが八雲丸で島を離れた数日後でした。 △上陸し矗らの穴小屋を調べると、中は荒らされ、矗が木板に書いて残したはずの「引き上げ文」もありませんでした。 △おそらく密猟者の仕業と思われますが、そのため、葛城の乗組員達は「越冬隊は遭難し全滅した」と思い込んだのです。そして択捉島に帰ったが八雲丸より早く着いたのです。「越冬隊全滅」と報告しました。 △10月11日、矗らは軍艦「葛城」に乗艦し根室に向かいましたが、その途中大暴風雨に遭遇し関誠一を失います。 △15日、暴風雨の中、根室を出港します。 △17日、函館に着きました。 10月19日、千島から仙台に帰着。 ★矗は19日、青森を経て、仙台に到着しました。満2年と五5ヶ月ぶりの夫婦、親子の再会でありました。玄関を入ると奥から出てきた妻やすが、矗の顔を見た途端「あっ」と声をあげ茫然と立ちつくします。「どうした・・・?」と家に上がり座敷に入ると、今度は矗が驚きました。上座に仏壇が設けられています。 ★軍艦「葛城」が「全滅した」と報告したものが、矗の留守宅にも伝えられていました。やすは明日にでも仮葬式をしようと準備していたところでだったのです。矗は、まさか自分が死んだことになっているとは、つゆほども知らなかったから仰天したのです。NPO ShiraseNobu Antarctic expedition 100th anniversary Memorial Association