ようこそクイズ2018!ヒントはここ!①

① 白瀬はどんな少年だってでしょうか?


臆病な少年時代だったでしょうか?

腕白な少年だったでしょうか?

いたって普通の少年だったでしょうか?

白瀬の幼名は「知教(ちきょう)」と言いました。

知教のエピソードがいくつか伝わっていますのでご覧ください。


エピソード「その1」

墓の餅を掴み食べて母に手を縛られました。(6歳)

なんと、知教はお墓のお餅を食べてしまったようです!

母は、「亡くなった人の好きなものを心込めて作り、お供えしたのにそれを食べてしまうなんて、もってのほか!」と叱りました。

それに対して知教は、「墓の下の死んだ人がどうして食えるんだ。そのままにしておけば、ただ獣や鳥のエサになるだけでもったいないじゃないか。虫も来るし墓も汚れる。それよりか、本当に食べたい人が食べれば勿体なくない。」と言って手を縛られることを頑強に拒否したそうです。


エピソード「その2」

キツネ狩りで左の肩を噛みつかれる。(9歳)

金浦漁港の近くに「狐島」と呼ばれる山があり、狐が多く棲んでいたそうです。

海岸近くの小山に積まれている表穀俵(こくだわら)の上に、お稲荷さんの狐みたいに座って、船の帰りを待つ狐の姿が浜からも見ることが出来たのです。

ある日、知教たちが、これを見て石を投げつけたりしたが、狐は全く反応しませんでした。

「ちくしょう!」知教は腹が立ってきたのでした。相手にされない、無視されたという事が、なんとも我慢ならなかったようです。

知教は仲間に指図してこの狐を生け捕りにすることにしました。狐の背後にまわり、そおっと近づきました。そして一気に飛び掛かって捕まえましたが、掴んだところは太くて長い尻尾でした。

驚いた狐は必死にもがきながら、振り返って知教の左肩にガブリと噛みついたのです。知教はその痛みに思わず呻きましたが、手は離しませんでした。ここが正念場とばかり、必死に尻尾を引っ張っているうちに、ドウっと尻もちをつきました。

見ると狐は逃げていなかったのですが、手の中にその尻尾がしっかりと握りしめられていたそうです。


エピソード「その3」

鳥海山初登頂で”新世界の発見”に感動!(10歳)

当時、女人禁制の霊峰鳥海山は、毎年夏、山麓の青年たちが白装束に身を包み、列を組んで登るのが慣例でした。

知教は7・8歳のころから毎年この一団に同行したいと申し出ていました。

しかし、青年たちは標高2,236mの道中が長く険阻(けんそ)を極める登山行が、とても子供の足では無理という理由で断っていたました。

知教は、夏が来るたびに熱心に頼みました。

両親に頼み、地元の青年たちにも、お百度を踏むように頼んだのです。

10歳の夏、その願いが叶えられました。「決して人に頼らないこと、どんなに苦しくても自分の足で登ること」が条件でした。

初登山の日、知教は神妙でした。

世話人や先輩のいう事をよく聞き、無理をせず、慎重に大人たちの後に従って登りました。

途中、鳥の海御浜神社に立ち寄り、神前で神妙に手を合わせたり、頂上に近づくにつれ、雲が眼下にたなびいているのを見て、これはこの世の風景ではないと思ったのでした。

また雲の切れ間からさしのぼるご来迎の荘厳さに、息もつけぬほどの感動を覚えたりしたのでした。

鳥海山の頂上に経つと眺望は一気にひらけます。

知教が知っている飛島は、いつも水平線に浮いている島ですが、そこがこの世の果てと思っていました。

「あっ、飛島の向こうにも海がある!」

知教にとって、それは紛れもなく”新世界の発見”であったのです。


エピソード「その4」

オオカミ退治をします。(11歳)

悲しげな犬の鳴き声で、朝早く目を覚まし外に出てみると、親犬が足に傷を負い動けなくなって「くうくう」と鳴いていました。

しかも三頭いるはずの仔犬がいません!

「狼にさらわれたのだ。」と直感した知教は、鎌を持って狼の集まる三キロばかり離れた森に行きました。

すると数頭の狼が、今獲物を平らげたところらしく、仔犬のものと思われる骨が散乱しているそばで腹這いになっているのをみつけました。

むらむらと怒りがこみ上げてきます。

しかし相手は狼です。狼に気づかれないように、近くの松の木に登りはじめました。

狼たちも人間の臭いを感じたらしく、唸りながら松の木の周りを取り囲みぐるぐると走りまわったのです。

そのうちの一頭が飛びつくようにして木を駆け上ってきました。

知教は夢中で鎌を降り下ろすと狼の鼻柱を直撃しました。

すさまじい鳴き声を発して狼は転落します。

別の狼が駆け登ってきました。

これにも鼻柱めがけて一撃を加え木の下に落としたのです。

こうして三頭の狼を撃退すると、他の狼たちはあきらめたのか森の奥に逃げ込んでしまいました。

ホッとしましたがまだまだ危ない!いつ狼が引き返してくるかもしれないと思いながら、しばらくは木の上で様子をみていました。

だいぶたって、顔見知りの源太郎おじさんが近くを通りかかり助けられました。

そのまま素知らぬ顔をして浄蓮寺へ帰り、親犬に小声で「仔犬の仇を討ってやったぞ!」といい、頭をなでてやると、それがわかったのか親犬は知教の顔をペロペロとなめまわしました。

それから犬の傷の手当てをしてやったのです。


エピソード「その5」

本堂の大屋根から落ちて大怪我をします。(12歳)

弟の知行をつれて、裏山で武者絵の凧揚げに熱中していました。

どうしたはずみか、凧が山の下の本堂の屋根に落ちてしまいました。

いくら糸を引いても凧はびくともしません。

ちょうど本堂を覆うように、大きな銀杏の木がそびえているので、よじ登って屋根にわたり四つん這いになっててっぺんまで登り、凧に手がとどいたと思った瞬間、ずるずると足元が滑ったのです。

そしてそのまま屋根の斜面をすべって、地面へ落下しました。

軒端から地面まではおよそ10メートルもあります。

弟の知行は「兄さんが屋根から落ちてくるのに驚いて、とっさに前掛けをひろげて、兄さんを救おうと必死だったが、うまくいかなかった」と言っています。

地面にたたきつけられた知教はそのまま気絶してしまいました。

知行が「兄さん、兄さん」と必死に呼びかける声で気がつき、「死んでたまるか」と言いながら、ふらふらと立ち上がったのですが、額が割れて顔が血まみれになっていたのです。

おびただしい出血と痛みで、さすがの知教も一時はしゅんとしていましたが、額のケガには池の浮草を揉んで擦り込み、ビッキ草を貼り付けて血を止め、痛みはひたすら唇をかみしめて耐えたのです。

心配して顔をのぞき込む弟に「このことは絶対に両親にしゃべるな。しゃべったら承知しないぞ!」とかたく口止めしました。

夕食の時、うつむきがちに食べている知教に、両親はいつもと様子がちがうことに気づきました。

「どうした・・・」と父が聞くと「本堂の前でつまずいて転び、額を打った」と答えました。

母は黙って絆創膏を持ってきて額に張ってくれます。

この傷はただの傷でないことを、おそらく母は見破っていたに違いありません。


エピソード「その6」

千石船(約300トン)の底潜りで、九死に一生を得ます!(13歳)

海辺の子どもは、10歳前後になれば、大抵の子は泳ぎ達者になります。

そこで競い合うことといえば、誰がどれだけ長く潜水していられるかという事になります。

これが「素潜り」です。男の子の場合は、これに冒険が加わります。

停泊している漁船や小舟の船底を右から左へと潜って出る「底潜り」の遊びです。

金浦港の沖に停泊していた千石船に、知教と仲間たちは色めき立ちます。

「あの船の底潜りをやろう!」と赤ふんどし一本で飛び込み、沖の千石船をめがけて泳ぎます。

これまでの船とは桁違い大きく多少動揺しますが、この時代の男の子というのは誰も人に弱気を見せるのを最大の恥としたのです。

リーダーである知教は、仲間から少し離れたところで大きく深呼吸してから潜りました。

船底を潜り抜けようとしたとき、どうしたわけか身体が強い力で吸い寄せられ、船底に密着してしまいます。

どうあがいてももがいても離れられません!

仲間たちは立ち泳ぎしながら、リーダーが顔を出すのを待っていましたが、なかなか出てきません。

時間がかかりすぎると不安になりかけた時、幸いにも後から続いて潜った仲間の一人が、船底に吸い付けられているリーダーを見つけ、やっとの思いで引きずり出すことに成功したのでした。

救出されましたが、ぐったりして動かず死んだようになっています。

少年たちは知教を浮かせながら浜に泳ぎかえり、近くの漁師に助けを求めました。

漁師は足をつかんで逆さにぶら下げて、上下左右に激しくゆさぶると、知教は鼻や口から大量の水を吐き出しました。

冷たくなった身体は焚火をたいて暖め、みんなで撫でさすっているうちに目が開き身体に生気が蘇ってきました。

両親と弟の知行が、仲間の知らせでこの浜辺に駆け付けた時、知教は仮死状態でした。

青い顔をしてぐったり横たわっているのを見て「息子はもう死んだ」と思ったといいます。

知行もそう思い、兄の草履をもって茫然と立ち尽くすだけでした。

後日、母マキエは知教をつれて、仲間の少年たちの家や漁師の家を訪ね、救助のお礼と迷惑をかけたお詫びをして歩きました。

知教も肝に銘じたようです。この出来事は知教の少年時代の最後の腕白でした。


如何でしたか? 将来前人未踏の南極へ行く少年時代は、波瀾万丈の始まりを示しているように思えます。

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