しらせクイズ2018【第4問】

白瀬矗は何歳で結婚したでしょうか?


1887(明治20)年
白瀬26歳の7月、菅原やす(15歳)と結婚するも、条例に反発し5年間内縁関係を続けます。

「菅原やす」、明治5年8月8日生れ、仙台市二日町の海産物問屋、菅原長兵衛・たま夫妻の一人娘です。
しかし当時、店は傾きかけていました。

やすは、3歳の頃から「踊り」や「三味線」を習い、将来は大阪でその芸で身を立てたいと考えていました。

親は、白瀬の剛直な人柄に惚れ、「軍人は身が固いから・・・」と勝手に白瀬との結婚を決めてしまいました。

やすは「いずれ大阪に出て、芸で身を立てるつもりです。」と白瀬に話し、結婚を断りました。

しかし、白瀬は、「女はまず裁縫が一番、そして読み、書き、そろばん」とやすの断りを相手にしませんでした。

白瀬は彼女に読み書きソロバンを積極的に教え始めたのです。

やすは彼の熱心さに折れて結婚したのでした。


丸枠は「白瀬矗」。右は「やす夫人」。膝は「三女、千代子」。その後「長女、ふみ子」。
その左「長男、知」。その前は「二女、たけ子」。「三男、猛」

【知ってると役立つお話】—————————————–
■陸軍武官結婚条例(りくぐん ぶかん けっこんじょうれい)

明治14年に定められました。

『凡そ、軍人は最もその品位を重んず。故にその配偶をえらぶに、もって終身の活計(かっけい:生計)を維持せしめ、家政を治めて、もってその職掌を確守せしむ。もし配偶匹をえらべば、その軽惣にせば、ひとつは、その品位を傷つけ、ひとつは、その営生に煩わしにされ、遂にはその職掌を汚し、したがって、全軍の精力を損なうに至る。よって、左にその制限を設く。大尉は460円を、少尉・中尉は600円を、準士官は80円を、下士官は60円を陸軍省に納付するもの。納付しなければ、結婚を認めない。危急の場合は返還される。(無利子)』

※当時の年俸はおおよそ、大尉で300円、中尉で228円、少尉が180円。

※納付額は、大尉で153%、中尉で263%、少尉では333%と高額極まりありません!
この条例にはどんな思いがあるのでしょう?

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