カテゴリー: □ 白瀬の生涯

□ 白瀬の生涯

◯誕生から五つの戒め

白瀬矗は1861(文久元)年、秋田県金浦町(現にかほ市)の浄土真宗のお寺、「浄蓮寺」の第13世住職知道、マキエの長男として生まれ、幼名を知教といいました。 この知教少年、狐を生け捕ろうとしてシッポをもぎとったり、お寺の本 …

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◯児玉源太郎との出会い

●児玉源太郎との出会い 白瀬の陸軍生活は13年間(明治12年9月~25年10月)に及びますが、大きな示唆を受けたのが児玉源太郎(当時陸軍少将、後に大将)との遭遇でした。 明治23年の秋、仙台の野外演習で偶然に出会ったので …

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◯北極から南極へ

●北極から南極へ 白瀬は前に述べたように、北極探検を目指しておりました。 ところが明治42年9月アメリカのピアリーが北極点踏破に成功したというニュースが飛び込んできます。 これまで北極探検を志して体を鍛え、佐々木節斎の五 …

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◯明治という時代

●明治という時代 そして何といっても、明治という時代です。 明治維新はすべてを一新し、封建時代の鬱積したエネルギーが国運(日清、日露の戦勝)の上昇とともに海外へ飛び出そうとしていました。 明治は日本の青春時代といわれるよ …

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◯補助金申請の目的

●補助金申請の目的 白瀬は南極探検を目指しますが、資金があるわけがなく、国に十万円の補助金の申請をします。 申請書の目的は領土拡張にありました。  当時欧米の国際列強(特にイギリス、ロシア)がアフリカ、アジア、南米の弱小 …

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◯後援会の設立

●後援会の設立  政府が補助金の交付をしなかった理由はいろいろありますが、当時(明治35)イギリスと日本は日英軍事同盟を結んでおりました。 このことはイギリ スの派遣するスコット隊と競争になることが、外交上好ましくないと …

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◯資金と用船で苦労

●資金と用船で苦労 白瀬は資金不足もさることながら、最後の最後まで苦労したのが探険船です。 このことが、出航を遅らせた大きな原因となったのです。 最初海軍の軍艦「磐城(ばんじょう)」を予定していたのですが、海軍の方から修 …