カテゴリー: □ 白瀬の生涯

□ 白瀬の生涯

◯芝浦を出航

●芝浦を出航  白瀬は当初8月の出航を予定していましたが、探検船が決まらず、延期になっていました。 第二報效丸を補強し、18馬力の補助エンジンを搭載、東郷 平八郎海軍大将が「開南丸」と命名し、三宅雪領博士が南十字星を象っ …

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◯シドニーのキャンプ

●シドニーのキャンプ(明治44年5月~44年11月) 開南丸はシドニーのパースリベイという小さな湾に停泊。 当時のオーストラリアは白豪主義をとり、有色人種に対する排斥運動が高まっていました。 そ ういうこともあって地元の …

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◯後援会の苦悩

●後援会の苦悩 また後援会長大隈伯爵は「尚奮え」といったものの資金調達に苦労しておりました。 再度国に対し補助金の申請をするのですが、政府はこれを拒否しています。 それどころか、白人の前で日本の恥をさらすようなものだから …

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◯南極へ上陸

●南極へ上陸  明治45年1月12日開南丸は鯨湾に到達し、16日に上陸しました。同日、アムンセンの帰還を待つ「フラム号」に遭遇しております。 アムンセンは前年の12月14日、人類初の極点到達に成功し、帰途に就いていました …

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◯再び南極へ

二度目の挑戦~帰路 ●再び南極へ 白瀬隊は明治44年11月19日、再びシドニーから南極に向かいます。 ソリ犬も山辺安之助の友人である樺太アイヌの橋村弥八が付き添って送り届けてくれました。 この他にも樺太の富内や敷香のアイ …

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◯アムンセンとの会見

●アムンセンとの会見  昭和2年6月、報知新聞社の招きでアムンセンが来日し、白瀬と会見しますが、貧困のどん底の白瀬は、洗いざらしの浴衣(ゆかた)にその日やっと手に入れた夏羽織の姿だったといいます。正に「赤貧洗うが如し」で …

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◯國際地球観測年と日本の南極観測

●國際地球観測年と日本の南極観測  昭和30年(1955)、国際地球観測年に関わる南極会議がベルギーのブリュッセルで開かれました。 日本は南極観測の参加を申し入れますが、すんなりと受け入れられた訳ではありません。 戦後1 …

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■白瀬中尉の生涯と南極探検(all)

白瀬中尉の生涯と南極探検 文責:佐藤 忠悦(NPO法人白瀬南極探検100周年記念会 監事) ◆誕生~千島越冬体験 白瀬矗は1861(文久元)年、秋田県金浦町(現にかほ市)の浄土真宗のお寺、「浄蓮寺」の第13世住職知道、マ …