◯芝浦を出航

●芝浦を出航  白瀬は当初8月の出航を予定していましたが、探検船が決まらず、延期になっていました。 第二報效丸を補強し、18馬力の補助エンジンを搭載、東郷 平八郎海軍大将が「開南丸」と命名し、三宅雪領博士が南十字星を象っ

◯後援会の苦悩

●後援会の苦悩 また後援会長大隈伯爵は「尚奮え」といったものの資金調達に苦労しておりました。 再度国に対し補助金の申請をするのですが、政府はこれを拒否しています。 それどころか、白人の前で日本の恥をさらすようなものだから

◯南極へ上陸

●南極へ上陸  明治45年1月12日開南丸は鯨湾に到達し、16日に上陸しました。同日、アムンセンの帰還を待つ「フラム号」に遭遇しております。 アムンセンは前年の12月14日、人類初の極点到達に成功し、帰途に就いていました

◯再び南極へ

二度目の挑戦~帰路 ●再び南極へ 白瀬隊は明治44年11月19日、再びシドニーから南極に向かいます。 ソリ犬も山辺安之助の友人である樺太アイヌの橋村弥八が付き添って送り届けてくれました。 この他にも樺太の富内や敷香のアイ

◯突進隊

●突 進 隊  白瀬は1月17日、18日とベースキャンプを設営。19日に突進隊5名を結成して20日に極点に向けて2台の犬ゾリで出発しますが、猛烈なブリザードと凹凸の激しい雪面(サシツルギ)に犬ゾリは難行苦行の連続でした。

◯帰路

●帰 路  帰りは急ぎに急ぎました。往路の8日間をわずか3日間で基地に戻っています。 南極の282kmを3日間で走り抜いた犬ゾリは今だかつてありませ ん。 それは食料が底を突き、残るはわずかのビスケットだけだったからです